価値観やライフスタイルが多様化している現代では、働き方に対しても柔軟な対応が求められています。それは首都圏に限ったことではなく全国的なニーズで、さらに民間のみならず行政機関・地方公共団体においても働き方改革が必要になっているのです。しかし、働き方改革に対しての取り組みは一様ではなく、抱えている問題や働き手からの要望によって変わるものです。その組織が本当に必要としているもの、見えない課題を探り出さなくてはなりません。
そこで今回は、職員のエンゲージメント向上の必要性に気づき、初めての試みとしてエンゲージメント研修を実施した宮城県庁行政経営推進課・伊豆勇紀氏に、具体的な内容や選んだ経緯、実施後の変化についてお話しいただきました。
目次
働き方改革を進めるなかで出会った、「エンゲージメント」という言葉
宮城県庁では、職員の意識改革や業務の生産性向上、柔軟な働き方の推進という3つを柱として、働き方改革を推進しています。具体的な取り組みとしては、テレワークの導入やデジタル化によるペーパーレスの推進、Web会議やRPAの活用による事務効率化などです。私が所属する働き方改革推進班ができた2019年から、これらを進めてきました。
「トップから職員一人ひとりに至るまで、自主性を持って業務の生産性向上に努める意識を醸成し、行動を継続する組織となること」
「ワーク・ライフ・バランスの実現を図り、心身ともに健康で働きやすい職場環境を構築すること」
この2つを目指す姿として掲げつつも、震災復興事業の長期化や新型コロナウイルスへの対応など、日々増えていく新たな行政課題によって職員の業務負担は増え、長時間勤務も恒常化していました。同時に、家庭の事情などから勤務時間の配慮や、メンタル的なサポートが必要なケースもあり、本格的に職員の働き方を見直す時期になっていたのです。
そんな時に出会ったのが「エンゲージメント」という言葉です。今でこそあちこちで聞かれるようになりましたが、私が出会った時はそれほど認知されておらず、興味を持ったのもある書籍がきっかけでした。それが、書籍「エンゲージメント カンパニー※1」です。私自身本が好きで、業務に関わる書籍を探すことも多いのですが、実際に読んでみるとピンとこないことも多々あります。しかし、この本の内容には共感できる点が多く、気づかされたこともたくさんありました。特に印象的だったのは、「ワーク・ライフ・バランスからワーク・ライフ・フィットへのシフト」「職員管理はトップダウン方式からセルフマネジメント方式へ」「人は賞賛・感謝のためにはもっと一生懸命働く」「コミュニケーションによる信頼関係の構築がカギ」などのフレーズ。これは民間企業だけでなく、私たち行政職員にも当てはまることです。宮城県庁が目指す目標を達成するためには、エンゲージメントの向上が有効なのではないかと考え、研修導入を考え始めました。
職員の生産性向上を目指し、初めて外部講師による研修を実施
「エンゲージメント カンパニー」の内容を他の職員と共有したいと、エンゲージメント研修を計画しました。これまで外部講師による研修サービスを取り入れたことはないので、初の試みです。人事や職員厚生、働き方改革など、特に職員に関わる課を対象に希望者を募り、エンゲージメントの基本や取り組むべき施策、その効果などについて、2度にわたって実施しました。
ほとんどの参加者が初めてエンゲージメントについて学ぶ機会だったということもあり、その内容には驚きと学びがあったようです。特に参加者から印象的だったという声が多かったのは、「意図を持った会話の重要性」や「雑談の大切さ」、「同僚との親密度チェック」など。コロナ禍でコミュニケーションが不足している今、お互いを知ることの大切さを感じた人が多かったということです。県庁では、3年くらいで課を異動するのが基本なので顔見知りも多く、横のつながりがないわけではありません。しかし、同じ課であっても思っていたよりよく知らなかったなど、相互理解の不足を実感する機会にもなりました。
いきなり組織全体のルールを改革しようとするのは難しくあきらめてしまいがちですが、個々がエンゲージメントを理解すれば意識が変化し、コミュニケーションによって信頼関係を築いていくことができます。それによって心理的安全性が高まり、意見交換やアイデアも活発に。自主性が育まれることで生産性の向上につながっていくということを、研修を通して理解できました。個人のよい変化を少しずつ全体に波及させていけばいいのです。
お互いをもっと知りたい、知識や経験を共有し合いたいという、研修後の変化
とくに現在はコロナ禍で、歓迎会や忘年会などの行事も基本的に行われていません。そういった状況でテレワークが増え、お互いを知る機会がさらに失われているのは事実。意識することなくそのまま過ごしてしまえば、どうしても距離感は広がっていきます。その点でも、研修を受けたおかげで、お互いのことを知ろうという意識はとても強くなりました。研修と同時期に導入した職員用ポータルサイトでのチャットも、研修の効果で気軽にやりとりができるようになり、オンライン・オフラインの両方でコミュニケーションを取ることで、円滑な業務遂行につながっていると思います。
また、実務に直接つながるものとしては、Excelのマクロや関数の知識を持つ職員を募り、Excelカイゼン隊を立ち上げたこと。個の知識を共有することで職員全体のスキルを上げる機会となるだけではなく、教える側も教わる側も能動性やオーナーシップ、自己成長につながります。まだ試行錯誤の部分はありますが、この活動によって、かなりの業務効率化が実現しており、得意分野を活かして組織に寄与することが個人の喜びとなり、組織活性化の一端にもなっていくと思います。これも結果としてエンゲージメントにつながっていくのではないでしょうか。
個を伸ばすことで組織の底力を高められるよう、今後も新たな取り組みを進めていく
VUCA※2時代の到来と言われ、今後は創造力や個々のスキルの活用、チームとして対応力、働きがい・働きやすさの実感などが必要になってくると思います。職員が質の高いコミュニケーションを保ち、アイデアを出し合えるような環境が大切。もちろん、職員の心理的安全性の確保にも効果的だと考えています
来年度には、新たな取り組みとして職員のエンゲージメント向上を目的としたオフィス改革を考えています。空間を整え、時間のリズムをつくったり、仲間をつないだりできるよう環境的な整備を進めていくつもりです。さらに、ナレッジマネジメントへの取り組みとして、各職員が活用している便利ツールをシェアできる仕組みを職員用ポータルサイト内に作成。Co-Creation(共創)をコンセプトに、日頃活用している時短のノウハウやツールを掲載してくれています。生産性向上という目的に加えて、ルールや義務感から行うのではなく、先ほどお話ししたExcelカイゼン隊のように、自発的に業務改善に取り組むような施策を他にも考えていこうと思っています。県庁という組織に思い入れを持ち、貢献しあうことで成長していくような関係の創出を目指しています。
最終的には、MITの元教授であるダニエル・キム氏が提唱する成功循環モデルのように、「関係」「思考」「行動」「結果」の4つの質を高めることで、優れた組織をつくることができるような体制にしていきたいと考えています。いくらツールやシステムを入れても、なぜそれが必要なのか、どこを目指しているのかを知らないと効果は半減してしまうでしょう。エンゲージメントの向上にどういったメリットがあり、その効果として得られるものを知ることができた、この研修によって、その真の理由を感じてもらえたのではないでしょうか。
まとめ:ルールに囚われた義務感の行動ではなく、自発的な行動を促していきたい
研修を取り入れる前は、私も含めて多くの職員がエンゲージメントの向上という知識がない状態でした。多くの人は、エンゲージメントを高めると言われても、何から始めたらいいのかわからないと思います。もちろん、数回の研修で終了するものではなく、継続的に活動をしていくことがエンゲージメントの向上には重要。ただ、最初の一歩として専門的な知識を持つ講師の研修を受けたことは、私たち職員にとって大きな一歩となりました。「エンゲージメント」という言葉に触れ、興味を持つことから始めてみるのも一手だと思います。
しっかりとした規則があってこそ、行政機関として政務を行えるのですが、どうしても柔軟性に欠ける部分は出てきます。ルールにとらわれがちな環境のなかでは、徐々に自主的な働き方を失ってしまうことも。しかしエンゲージメントの向上を目指すことが自身の成長を促して、主体性が高まり、周りにもよい影響を与えていきます。それが結果として組織力を強め、目標へと近づいていけるのだと思います。
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どんな企業であっても、いきなり規則や体制を変えていくのは大変なもの。今回取材した宮城県庁のように規模が大きい行政機関ではなおのことです。しかし見方を変えて、個々の取り組みによって少しずつ課題を解決し、よりよい体制を目指すことはもちろん可能。最初にエンゲージメント向上へ着目した宮城県庁の取り組みは、今後組織の改善を目指す方々に大変参考になるものだと思います。
伊豆 勇紀(いず ゆうき)氏
宮城県総務部行政経営推進課
https://www.pref.miyagi.jp/soshiki/gyokei/
2016年4月に宮城県庁入庁。現在は同課働き方改革推進班にて、テレワーク推進、オフィス改革、Excel活用による事務効率化などを担当している。
※1
「エンゲージメント カンパニー」
出版社:ダイヤモンド社
発売日:2020/7/30
※2
VUCA
「予測不能な混沌とした状態」という意味。Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)葉の頭文字からつくられた言葉