前編では「採用学とは」、そして「現場に採用学を取り入れる重要性」などをお伝えいたしました。
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後編では採用活動における問題点と、これからの時代の1歩先を行く採用手法について、前編に引き続き、服部泰宏氏に伺いました。
目次
現代企業の採用活動における問題点
2019年現在の日本社会において、企業が抱える問題点は、大きく3つあります。
- 学生が企業に対する期待と企業が学生に対する期待が、それぞれ曖昧であること
- 能力の評価が曖昧で画一的であること
- フィーリングのマッチを重視しすぎていること
アメリカの企業では、具体的な業務内容を提示し、被雇用者の技術力、能力とその業務内容に対する関心などの適正を見極めることを重視しています。そのため、雇用後のミスマッチによる退職を防げていますが、日本の企業の多くは、とにかく入社してもらうことに重点をおいています。
これまでの日本の成長
これは、今までの日本企業がどのようにして成長してきたかに起因します。高度経済成長期にはすべての企業が成長を続けていたため、いかにして競合企業より多く「能力(学力)の高い学生」を獲得するかが、企業の成長にそのまま繋がっていたためです。そして彼らを採用するためには、終身雇用など、安定を求める心理をつく制度が必要でした。それが今の日本の「長期雇用」の文化をつくってきました。従業員が長期的に働くことが前提であれば、良好な人間関係の構築を求めるのは当たりまえと言えるかもしれません。採用後に一斉教育をするため、採用時における細かい業務内容の確認もあまり重視されてきませんでした。
期待のズレ
それは雇用する側だけでなく、被雇用者にも同じ心理が働いていました。数十年前の新卒世代までは、終身雇用が当たり前でした。これは、被雇用者側も望んでいたことだったため、雇用主と被雇用者の期待は互いにマッチしていたと言えます。また業務内容よりも、終身雇用や収入の安定を重視する傾向にありました。しかし、銀行などの大手企業が潰れるような時代に突入し、企業が求める事と従業員が求めることの間に少しずつズレが生じてきました。
そのため、お互いの期待に対するマッチングは徐々に曖昧になってきてしまったのだと思います。
いまどきの若者は、一つの企業のみで長期的に働くことを求めない傾向にあります。しかし雇用する側としては、採用コストや教育コストなどを考えればできるだけ長く会社に貢献してほしいというのが本音でしょう。企業と学生の間のズレを改善していくためには、学生と長期的な雇用を約束したり、充実した福利厚生をアピールしていくことは逆効果です。むしろ入社後数年間の「近い未来」で学生にどのような経験をさせられるか、どのような環境を与えられるのかをしっかりと提示していくことのほうが重要でしょう。これからは優秀な学生ほど、このような「経験」や「環境」を企業に求めるようになるでしょう。
採用先進国であるアメリカでは応募者がどのような能力を持っていて、近い未来に対してどのような貢献をしてくれるのかを第一に見ているとお伝えしましたが、フィーリングを大切にしていないわけではありません。しかし、たとえ性格的に合わないと感じても、採用に至るということは普通にあります。アメリカでは仕事と人をセットにして雇用するため、求められる能力やそれに対する報酬などが明確になっており、日本と比べ、より具体的な「近い未来のビジョン」を従業員に対して提示できているのだと思います。
課題を克服して採用活動の成功させている企業
日本企業は、「企業文化に関するフィーリングのマッチ」を「能力・技術力の適正」よりも重視する傾向にあるとお伝えしました。そこで、双方をバランス良く取り入れている企業をいくつか例として挙げると、株式会社サイバーエージェント様では学生時代に達成したことや、個人の能力などを採用基準としていることはもちろん、長期的にこの会社でチャレンジし続けていけるかというフィーリングの要素も重要な判断基準としています。フィーリングのマッチ度に関してはインターンシップ中に先輩社員から厳しいフィードバックを行い、それに対して、いかにして立ち向かっていくかなどの姿勢から資質を判断をしているとのこと。
このように、フィーリングを重視する採用スタイルが完全に古くなったということではなく、どの手法が自社によりふさわしいのかを見極める能力が人事担当者には求められてきます。
他社と差をつけるこれからの採用手法
これからの時代において、企業は単に採用手法を変えるだけではなく、根本的に組織のあり方を変えていく必要があると言えます。つまり、採用と人材に対する意識を組織全体で変革していかなければならないということです。
そのためには、経営者のメッセージを社内に伝えていくことが重要です。たとえば、前編でお伝えした株式会社タッセイ様のように、副社長自らが採用に率先的に取り組むことで、採用に対する会社全体の意識を底上げできた実例もあります。また、経営者だけが取り組むのではなく、経営幹部の中から人事部へ異動する人を抜擢するなどして、社内全体に対して「うちの会社は採用に力を入れている」というメッセージ性を持たせた施策を展開し、組織改革を行うことも必要ではないでしょうか。
人事部の担当者レベルにおいても、各部門の現場とのつながりを強化し、彼らがどのような人材を求めているのかを真剣に議論していくことが必要でしょう。人事部の枠を超えた会社全体を巻き込むようなアクションが求められています。
今後の採用市場の動向
広報開始時期や選考時期などは年度によって前後される昨今、今後は採用市場の活動時期がばらけるため、企業側が求職者に接触するタイミングも今よりも早くなっていくでしょう。10年前では珍しかった学生インターンも、今は当たり前のように行われています。
しかしながら、インターンにおける早期接触をしても、長期的に学生との良好な関係性を維持することは極めて難しくいでしょう。これは、「インターンで与えたい業務」と「学生を惹き付け続けるために与えるべき業務」の内容に乖離があるからです。結果的には今と同じか、少し早い段階での採用活動に落ち着いていくと予想します。
結局、何が必要かというと、早いうちから学生に接触するという採用活動の時期への対策よりも、いかにして自社をアピールしていくか、あるいは近い未来を学生に提示し、それが学生の心に響くのかという本質的な課題に気付き、的確な対策を打てるかということが重要なのです。会社にふさわしい人材はどのような人材なのかを見極め、今の時代、今の求職者のニーズに則した的確な採用戦略が人事担当者に求められているのです。
まとめ
今回の取材で、採用活動を変革していくためには、組織全体の意識改革が不可欠であるということがわかりました。また、優秀な人材を獲得していくためには自社をいかにアピールしていくかということに加え、自社で受けられる近い未来に対するメリットをさまざまな方法で伝えていくことが効果的なようです。この機会に自社での採用活動を見直してはいかがでしょうか。
プロフィール
服部 泰宏氏
(神戸大学大学院経営学研究科准教授)
2009年神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了(経営学博士)。
滋賀大学経済学部専任講師、准教授、横浜国立大学大学院国際社会科学研究院准教授を経て現職。
主として、日本企業における組織と個人の関わりあいに関する行動科学的研究活動に従事。
2013年以降は、人材の「採用」に関する行動科学的アプローチである「採用学」の確立に向けた研究・活動にも従事。
2010年に第26回組織学会高宮賞を受賞。